バレンタインデーというのはマールにとって酷く退屈な日である。
マールはフェスで、バレンタインデーは恋人同士の日だと言われていたのだが、彼女にはまだ、恋人はいなかった。
いや、なんだかんだで恋愛よりナワバリバトルやガチマッチを重視するので、恋人を作る時間がなかったと言った方が正解だろう。
それを気にしていたマールは、ピーチ姫に声をかける事にした。
「バレンタインデーって、恋人がいない人はやっちゃいけないの? ピーチ姫」
「あら、そんなのは誰が決めたのかしら」
心配になったマールだったが、ピーチ姫は安心していた。
「たとえ恋人がいなくたって、バレンタインデーは楽しんだもの勝ちよ」
「楽しんだもの勝ち……ナワバリバトルやガチマッチでも、そうだったね」
マールは故郷を思い出し、目を閉じて頷く。
調子が悪い日もあったが、ピーチ姫にそう言われると、なんだか安心する。
「じゃあ、私でも楽しめるバレンタインデーはある?」
「それじゃ、簡単なチョコレートクッキーを作りましょう。材料は用意してあるわ」
というわけで、マールはピーチ姫と共に、チョコレートクッキーを作る事にした。
マールは材料と道具を用意して、レシピを見ながら手際よく作業を始めた。
「ふふふ、マールちゃん、一人で頑張ってるわね」
ピーチ姫が見守る中、マールは材料をボウルに入れて、一生懸命に混ぜた。
マールは豪快に回したので飛び散りそうだったが、ギリギリ飛び散っていない。
(バトルでは凄く頑張ってるけど、そういう一面もあるのねぇ)
マールはミルクチョコレートとホワイトチョコレートを刻み、生地に加える。
特にマールはホワイトチョコレートが好きなので、そちらを多く入れる。
オーブンを予炙して、クッキングシートに生地を丸めて並べ、それらをオーブンに入れて、焼き上がるのを待った。
そして、良く焼き上がったチョコレートクッキーが完成した。
形はやや不格好だったが、美味しくできている。
「これ、私だけで作ったの……?」
まじまじとチョコレートクッキーを見るマールを見て、ピーチ姫は「ええ、そうよ」と言った。
マールは「凄い……」と感嘆し、今日がバレンタインデーなのを思わず忘れそうになった。
「食べちゃおうかな……」
「ちょっと待って、マール。あなた、今日は乱闘の日でしょ?」
マールは今日の大乱闘の用事を思い出す。
今日、マールは神殿で、シモン、テリー、ソラら異世界の住人と乱闘をするのだ。
「半分は彼らと一緒に食べて、もう半分はみんなで食べましょう。その方が、バレンタインデーらしくていいでしょ?」
「そうだね、反対しないよ。……ピーチ姫、今日はありがとう」
チョコレートクッキー作りを手伝ったピーチ姫に、マールはお礼を言う。
「ふふ、どういたしまして。でも、私は材料を用意しただけ。クッキーを作ったのは、マールちゃんだけなのよ。
あまり後ろ向きになり過ぎず、かといって威張ったりもせず。
……ま、マールちゃんは自分に自信を持った方がいいと、私は思うんだけどね」
「そうだね。自信は、とても大事なものだからね」
そして乱闘当日、マールはシモン、テリー、ソラが戻る場所に、こっそりと手作りチョコレートクッキーを置いた。
マールは彼らと共に乱闘をした後、自分の分のクッキーを持っていき、そそくさと彼らより早く去っていった。
「ん? こんなところにクッキーなんて、あったか?」
「なんにしろ、美味そうな匂いが漂ってるな」
「形は不格好だけど、食べたらとっても美味いだろうな!」
ピーチ姫の報告によると、マールが作ったクッキーはとても高評価だったらしい。
マールはそれを聞き、一般的なインクリングのように大喜びした。
たとえ恋人がいなくても、楽しむだけでバレンタインデーはイカした日だ。
マールはそれをチョコレートクッキーを作った事で身に染みて体感するのだった。