第5話 冒険者は強いぞ
ロッカーの荷物を取り出し、ボート乗り場から出る途中、ジャミルはモニカに労いを告げた。
「モニカ、レンジャーとしてよく頑張ったな」
「当然だ、私はお前を闇の道から助けたのだからな」
モニカはジャミルが盗みを働いていたため彼を懲らしめ、そして冒険者にした。
それ以来、ジャミルとモニカは良きパートナーである。
その後、仲間にした冒険者は女性だけだったが、ジャミルが女好きなのが理由だという。
ジャミルは小休憩するため、フードコートの中に入る事にした。
そこには、たくさんのイスとテーブルが並んでいて、奥には何故かベルトコンベアがある。
自分達「水底の冒険者」以外に人はおらず、薄暗い。
「体力回復は忘れずに」
「だな」
ジャミルが少しの間、椅子に座って休んでいると、自分の手が汚れている事に気づいた。
「ちょっと手、洗ってくる」
ジャミルはフードコートの外に出て、水道を探した。
少し離れた場所に、水道を見つける。
水道の傍には、ノーラもいた。
どうやら、彼女は水を飲んでいたようだ。
「おや、アンタも水分補給かい?」
「ああ、喉が渇いてな」
ジャミルは、ノーラと共に水を飲んだ。
「ていうか俺、ちゃんとリーダーの役割を果たせてないんじゃないかと思う」
「何を言ってるんだい。あの激流下りで、きちんと指示を出していただろう」
ノーラはジャミルが的確に仲間に指示を出しているのを思い出し、ジャミルに伝えると、ジャミルは素直に頷いた。
水に弱いミリアムとトモエを守りつつ、モニカと共に激流下りを終えたのだから。
「アタイら達を捕らえたのが間違いだったようだね、ゲームマスター」
不敵な笑みを浮かべるノーラに、ジャミルは「そうだな」と言う。
本来、裏遊園地に招待されるのは子供だけだったが、生憎とジャミル達は大人だ。
彼らは軽傷こそ負ったものの、危機的状況であっても冷静に対応できている。
それが、子供と大人の明確な違いである。
「まあ、俺は子供が来ても叩かず、むしろ丁寧に接するんだけどな」
「アンタらしいねぇ」
ジャミルが話をしている時、彼は子供を虐待する大人を思い出し、なんだかイライラしてくる。
そんな彼の様子を察したノーラは口を開いた。
「アタイだったら、ガキをいじめる奴がいたら、ハンマーでぶん殴っちゃうんだけどね!」
大きく笑うノーラを見たジャミルは、彼女も仲間の一人だと、安心した。
―グー、クルクルクル
会話をしていると、漫画のような空腹音が二人の腹の中から聞こえてきた。
どうやら二人とも、数々のアトラクションをこなして空腹になったようだ。
「腹減った、この遊園地に食いものでもあるのか?」
「アタイは酒でも飲めればいいんだけどね」
二人はフードコートを探して歩いていくのだった。
こうして、ジャミルがフードコートに向かって歩いていた時。
「あれ、ミリアムじゃないか」
外を歩くミリアムを見つけた。
ジャミルがミリアムに近づくと、そこは花壇になっていて、一面にたくさんの花が咲いていた。
「へぇ、ミリアムは花が好きなのか」
花壇の周りだけライトアップされていて、よく見えるようになっている。
「探索してたら、偶然見つけたのよ」
赤、オレンジ、黄色、紫。
たくさんの色が一面に広がっている。
花が風に揺られるたび、香りがふんわりと漂ってくる。
ジャミルには少し、甘すぎるようだ。
「これを燃やしたら、あのゲームマスターを怒らせるかしら?」
「おいおいやめろって」
「冗談よ」
どうせ暇だからと、ジャミルとミリアムは花壇で話をする事にした。
「とゆーか裏遊園地って、なんだかんだで楽しいところよねー」
「ミリアムは冒険が楽しいみたいだな。まあ、俺も冒険は楽しいんだけどね」
お互いに冒険者らしいとりとめのない会話をする。
ただ、実際のところ、冒険者というのは憧れの職業でありながらも3Kだ。
冒険がない時は馬小屋を掃除しなければいけないし、危険な魔物も出るため、実際のところはならず者と言っていいだろう。
とある世界の禁じられた金貨を集める銀行員もそんな感じだ。
「それでもあたし達は冒険者として、いっぱい冒険して、立派になってるもんね!」
「冒険者ってのは、生半可な覚悟じゃなれない職業なんだぜ」
しばらくして、皆がやってくる。
「どうしたんだ?」
「なんかフードコートにあったテレビが突然ついてさ、アイツが出てきたんだよ」
「みんなを呼んでこい、と言われた」
ジャミルは、いつかゲームマスターと対決したいと思いながら、仲間と共に急いでフードコートに戻った。
『皆さん、お揃いですね!』
ゲームマスターは相変わらず陽気で、この状況を楽しんでいるようだった。
ジャミルはこっそり、ゲームマスターに中指を立てている。
「なんの用だい?」
ノーラが睨みつけると、ゲームマスターは言った。
『皆さん、アトラクションに乗ってお疲れのようですから、お食事を用意させていただけたらと思います』
しかし、皆は黙ったままだ。
何故なら、このゲームマスターの事で、何かあるに決まっているからだ。
『皆様は、こちらの食券の券売機前で認証を行います。認証後は、無料でお食事をしていただけます』
「ほー、無料でなんでも食えるのかい」
『はい、たくさんの種類をお出ししております』
「へえ。まあ、価値はありそうだね」
ノーラが最初に券売機の前に立つ。
すると券売機の上につけられていたカメラがノーラの頭から足の先までを映した。
【ニンショウ完了】
機械がそう鳴ったと同時に、券売機のボタンが赤く光る。
「頼み放題になったね。アタイは……そうだね、フライドチキンとビールにしようかね」
ノーラがボタンを押した。
ジャミルは、ノーラがやっていたように券売機の前に立つ。
【ニンショウ完了】と機械が鳴り、券売機のボタンが赤く光る。
料理は、たくさんの種類がある。
ジャミルは、野菜炒めを選んだ。
モニカはインディアン焼きそば、トモエはカキフライ定食。
そして、ミリアムがエビドリアと苺パフェを頼むと、ジャミル達は先へと進んだ。
「これ、どうやって出てくるんだ?」
「無人だぞ」
そう思って立ち止まっていると、ウイーンと音を立てて、背後のベルトコンベアが動き出した。
「動いた」
そして一瞬のうちに、ノーラが頼んだフライドチキンとビールが運ばれてきた。
「へえ、そんな仕組みなのか」
ジャミルがあまり気にしないでいると、ベルトコンベアに乗って、次々に注文したものが届く。
「では、これを持っていきますね」
「サンキュ」
トモエがジャミルの分のトレイも持って、席へと運んでくれた。
彼女は薙刀を使うため、ノーラに次いで力が強い。
目の前の食事を見て、ジャミルの腹がぐうと音を立てた。
「変なものでも入っていなきゃいいけど……」
ミリアムのその言葉に、ジャミル達は不安になる。
ここは裏遊園地であり、先程までジャミル達はたくさん危ない目に遭ってきた。
そんな事を考えて皆が食べるのを躊躇っていた時。
「なかなかだね、酒は赤くなっちまうよ……」
気づけば、ノーラがビールを飲みながらフライドチキンを食べていた。
ノーラの顔は、赤くなっている。
「おいおい、もう食べたのかよ」
「なんだい! 食ったり飲んだりに罪はないだろ!」
「もし危険なものが入ってたら……」
「大丈夫ですよ。調べたら、何の毒もありませんでしたから」
トモエが言うなら、ジャミルも手を合わせた。
「いただきます」
もし何かあったら、その時に考えればいい、と思いながら、一口、口に運ぶ。
「ま、味は普通、だったな」
味わいながらも皆は幸せそうにご飯を食べている。
皆、空腹が限界だったようだ。
「裏遊園地の食事にしては、結構美味しい味だな。あいつの事だから、何かあるとでも思ったが……」
「でも、もう空腹でくたくたになりかけたんだ。冒険者とて、食事は大事だからな」
ジャミルが野菜、モニカがインディアン焼きそばを食べながら言う。
「結構食べるんだな」
「何を言ってるんだ、私はそれなりに食べる方だぞ」
(……この量でそれなりかよ)
モニカはレンジャーなので身体を動かす機会が多く、食事の量も平均より多くなってしまう。
「ん~、ドリア美味しいっ♪ 苺パフェは別腹よね」
「……」
ミリアムは笑顔でドリアを食べ、トモエは無表情で黙々とカキフライ定食を食べている。
ノーラはというと、ビールを飲んで顔が赤くなっていた。
「おぉぉぉ~い、この調子ならあいつをぶん殴れそうだねぇ~」
「随分酔ったなぁ、ノーラ」
「いいだろぉ~? ここは何でもありなんだからさぁ~。テストとして、アンタをちょっと、殴らせてくれよぉ~」
「や、やめてくれ」
酔っ払っているノーラの拳を避けながら、ジャミルは野菜炒めを味わって食べるのだった。
モニカはジャミルを鋭い目で見つめながら、インディアン焼きそばを食べている。
ミリアムはエビドリアを食べ終わって苺パフェにありつき、トモエは定食のご飯と味噌汁を黙々と口にしていた。
ちなみに、それぞれの冒険者の好みはこんな感じである。
ジャミル:野菜がたくさん入っているもの
モニカ:とにかく大盛り
ミリアム:甘いもの
ノーラ:酒と酒に合うもの
トモエ:和食
テティス:魚介類(not共食い)