第1話 異次元の旅人としての最初の依頼
「ギーリムのあそこの建物、夜になると不思議な事が起きるらしいんですよ」
「不思議な事?」
「そうです。そこは夜になると裏博物館って言って、魔法の博物館になっちゃうみたいですよ」
「具体的には?」
「展示されてるものが動き出したりとか、人が閉じ込められちゃったりとか。一度入ったら、二度と出てこられないって噂もあるみたいですよ」
「閉じ込められちゃったら、誰がその噂を流すんですか?」
「それは……」
「ほら。きっとそれ、ただの噂ですよ」
「なら、いいんですが」
「ククククク、恐怖の裏博物館へご招待しましょう」
「というわけで、こんなところに行ってみましたが」
某月某日のアルカディア。
恐竜の世界で子供達を助けて異次元の旅人になった後、東条環は異世界アルカディアにやってきていた。
アデルの命令でドワペノのドワーフ達を保護するため、ドワペノに転移した。
ドワーフ達が迷い込んだのは、裏博物館という博物館らしい。
環は周りを慎重に調べて、入り口を調べてみた。
「……あれ?」
よく見ると、人一人が入れそうな小さな扉がある。
環はそこが裏博物館の入り口だろうと思い、罠がないか確認した後、その扉を開けると、辺りが光に包まれた。
天井の高いホールに、赤い絨毯の敷かれた大きな階段。
正面に見える踊り場には、文字盤に星座が描かれた時計が飾ってある。
そこに立っていたのは、小柄な体格に髭を生やした、ドワーフの冒険者だった。
「……ドワーフ……?」
初めて見るドワーフの姿に、環は困惑する。
しかしドワーフを保護するのが任務なので、環はしっかりと彼を見た。
「いつもなら、このホールにドアがあるけど……見当たらないね。とりあえず、歩いてみよう」
「けったいな事にならなきゃいいんですがね……ところで、あなたは?」
「僕は、マアリン・タイムイースト。ドワーフの冒険者だ」
「やっぱり、ドワーフだったんですね。環は、東条環といいます」
お互いに自己紹介した後、環達はひとまずホールの大階段を上って、出口を探す事にした。
ドワーフの冒険者と階段を上っていくと、上から人の話し声が聞こえてくる。
「誰かいるみたいですよ!」
彼以外にも、誰かいたらしい。
出口を知っていたら教えてもらおうと期待して上っていくと……。
「だから、絶対マアリンはここにいるって」
気になった環は、ドワーフの冒険者――マアリンの方を見た。
「兄さん達だ!」
「……?」
環がキョトンとしていると、三人は「マアリン!」と駆け寄ってくる。
「探したんだぞ」
どうやら、マアリンの兄達に当たるドワーフのようだ。
道理で似ていると環が辺りを見渡すと、斧を装備したドワーフが話しかけた。
夜空のような深い藍色の瞳をしている。
「あんたは? 環、依頼で来たんですけど」
「その様子だと、冒険者みたいだな。僕はドウォルムール・タイムイースト」
「そうですか、盾になりますね」
「そう、よろしくね」
ドウォルムールは判断力に優れ、仲間達の事をよく考えてくれる。
しかし、あまりに何でも完璧にこなしてしまうため、皆からはちょっと近寄りがたいと言われている。
するとドウォルムールの隣にいた、ダークブラウンの髪と髭のドワーフが言った。
「俺はホシ・タイムイーストだよ」
紫色の優しい瞳に覗き込まれた環は、逆に不快な感情になった。
自分でも戦えるのに、弱者と見下されたと思ったからだ。
ホシは隣にいる、彼とそっくりな顔をしたドワーフを指差した。
「そしてコイツはコシ・タイムイースト。コシも、俺と同じ16歳」
コシは、ホシと同じダークブラウンの髪で、毛先が少し跳ねている。
髭も、ホシと比べて僅かに短い。
赤みがかった瞳が、ドワーフにしては少々悪戯っぽい雰囲気だ。
「俺達双子なんだ! ホシの方がちょっとだけ生まれた時間が早いの」
「そやね、コシ……おっと」
環は警戒してコシから離れる。
コシは、やはり環の額に悪戯しようとしたらしい。
「いけずなドワーフですね。環に意地悪しようとしたら大間違いですよ」
「冒険者らしい。夜の博物館に忍び込むなんてやるじゃねーか。おもしれー女だな」
「宝探しですよ」
環は、改めて保護対象のドワーフ兄弟を見る。
彼らもまた、裏博物館に迷い込んだようだ。
「とりあえず、出られるところがないか探してみよう。かなり広いけど、歩いていれば見つかるかもしれない」
「ああ、その方がいいですしね!」
皆が頷き、歩き出そうとした時。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン。
階段の踊り場にある、大きな時計が鳴り出した。
「わっ!」
「なんだ!!」
「皆さん、裏博物館へようこそ!」
どこからか人間の骨格標本……骸骨がやってきて突然、動き出す。
「むっ!」
環は二丁拳銃のうち、一丁を抜く。
「お前、一体なんだ!」
「私はこの博物館……裏博物館の館長です」
骸骨は、口をカクカクさせながら喋り出した。
目の空洞が、真っ赤に光っていて不気味だ。
「じゃあぶち壊したる」
環の銃が火を噴いたが、骸骨には当たらなかった。
代わりに弾丸が、博物館の壁に当たる。
「どうして喋ってるんだ……」
マアリンの言葉に骸骨は答えた。
「ここは魔法のかかった裏博物館ですから。何が起きてもおかしくありません」
「魔法の……やっぱり、噂は本当だったんだ!」
マアリンが興奮したように言う。
「ぜひ、この裏博物館を楽しんでいただけたらと思います」
骸骨の言葉に、ドウォルムールは言った。
「もう夕飯の時間だ。僕らは早く帰らないといけない。出口はどこにある?」
「それは残念ですね……」
そう言って一呼吸置くと、彼は言った。
「ここには出口はありません」
「なっ」
「出口はない? どういう事ですか」
「ここを出る方法はただ一つ、砂時計の砂が落ち切る前に、全員で全ての展示室を回り切る事」
環達は顔を見合わせた。
「もし回り切れなければキミ達は博物館の展示物となって、永遠にここに閉じ込められる事になります」
「あんたはとっとと消え失せなあかん」
環は銃から再び弾丸を放ち、骸骨を破壊しようとするが、弾丸は骸骨の骨をすり抜ける。
「乱暴ですね……」
「環を怒らせてはいけませんよ」
あの口調の環にならないように、ドワーフ達は彼女を警戒した。
「……で、閉じ込められるって、一生? もう外には出られないって事?」
「ええ、もちろん」
「家族にも会えなくなる?」
「当然です」
「そんな……」
骸骨は笑っているかのように、口元の骨をカツ、カツと揺らした。
環は彼に対し、怒りを抱いている。
「こちらが砂時計です」
骸骨はこちらに歩み寄って来ると、ペンダントのようなものを、ドウォルムールに手渡した。
見ると、チェーンの真ん中に砂時計がついている。
「スタートすると、中にある砂が下へと落ちていきます。この砂が落ち切るまでに、全員で全ての展示室を周り切ってください。
あ、ちなみに逆に傾けても砂は落ち続けるようになっているので、時間からは逃れられませんよ。それじゃあ、スタートします。裏博物館を楽しんで」
そう伝えると、今まで動いていた骸骨はピタリと動きを止めた。
怪しげに光っていた目の空洞も、光をなくしている。
「……絶対に罠ですね。環には分かります。今のうちにぶち壊したいです……!」
「環、怒っても何も出ないぞ」
冷静沈着な環だが、館長に対する怒りは隠していなかった。
ホシは、そんな彼女を心配していた。
「それより見てみろ」
ドウォルムールが驚いた口調で言う。
「砂時計が動き出してる」
「本当ですね……」
傾けていないのに、砂時計の砂はゆっくりと落ちていっている。
「グタグタしてる時間はないかもな」
「急いで回ろう! ただ、展示室を回り切ればいいんでしょ。一人じゃないし、きっと大丈夫だよ」
コシの言葉に、環は少し怒りが和らいだ。
戦って解決すればいいだけだから。
「じゃあこれ……環さんに持っててもらおうかな」
コシはそう言うと、環に砂時計のペンダントを渡した。
環は屈んでペンダントを手に取り、自分で身に着けた。
鞄も、冒険者として自分で持ち、コシにも警戒している。
「ま、弱い女は男どもにこれをやってもらうんやけど、環は冒険者ですからね」
ある人物を批判するように言うと、環は拳銃をホルダーにしまった。
さらさらと下に落ち続ける砂。
この砂が落ち切るまでに、全ての展示室を回らないと、閉じ込められてしまう。
「行こうか」
「まあ、多分罠ですけどね……」
こうして、環達は歩き出した。