第6話 星空レストランにも罠はある
医療箱でドウォルムールを回復した後に中へ入ると、目の前には「星空レストラン」と描かれた看板があった。
「ふーむ、レストランですか」
環が唸っていると、ドウォルムールが呟いた。
「レストラン? おかしいな、ここにはレストランなんてないはずだが……」
「それは良いから入るぞ」
中へと入っていくと、部屋の中は少し暗くなっていて、ところどころに温かみのある橙色のライトがついていた。
「上を見るんだ」
マアリンの声に天井を見上げると、数え切れないほどの星達が散らばっていた。
「プラネタリウム、ですか?」
天井いっぱいに広がっている綺麗な星空。
これは確かに、プラネタリウムだと環は思い、天井に散らばる星をじっと見ていた。
「レストランと書いてあったけど、どういう意味だろう。前に来た時は、普通のプラネタリウムだったはず……」
「環はここに来るのは初めてですよ」
ドウォルムールが呟くと、今度はホシが声を上げた。
「あっちに何かあるぞ」
ホシが指差す方へ行ってみると。
いくつかの丸テーブルの上に、出来立ての料理が並んでいた。
「いい香りですね」
「凄いな、これ。食ってもいいという事か?」
「でも、時間がないんじゃ……」
「環、ちょっと見せろ」
ドウォルムールは、環の首に提げている砂時計を手に取った。
「表の博物館と同じなら、恐らくあと二エリアで終わる。まだ砂は半分くらい残っているし、少しなら時間を使っても大丈夫そうだ。コシも倒れちゃってるしな」
甲冑ミイラとの戦闘で、コシは戦闘不能になってしまった。
ドウォルムールは辛うじて回復したが、回復手段は少なくなっている。
「こっちも、休憩したかったよな」
ホシの言葉に環は頷いた。
正直、こちらの体調は良いとは言えないので、休憩が必要だった。
テーブルにある料理の前には料理名が書かれたプレートが置かれている。
ハンバーグや、オムライス、それからサンドイッチなど、とにかく色々あった。
だが、ここは裏博物館。
そんなに上手くいくはずがない、と環は睨んでいた。
すると、どこからか再び裏館長の骸骨が出てきた。
「お前は……!」
「ククク……ここまでお疲れ様でした。裏博物館、お楽しみいただいてますかぁ?」
「……」
「やめろって」
骸骨は環達に、意地悪な声で問いかけた。
環は無言で銃を抜いて骸骨に発砲しようとしたが、ドウォルムールが環を止める。
「白々しいな」
「俺達がどんな思いをしたか、知ってる癖に!」
環達は骸骨をにらみつける。
「まぁまぁ、そう怒らないでください。ここのテーブルのディナーは、好きに食べていただいて構いませんから。しか~し! 注意が必要です。
この中には食べると死んでしまう、毒の入った料理がございます」
「毒!?」
「ドワーフは毒には強いから少しくらい食べても平気だが……その毒物を見分けるコシは、今、気を失っちまってるしな」
「人間の環を殺すつもりですか? このクソ骸骨が」
環が荒々しい口調で骸骨に言う。
まだ京都弁になっていないため、完全に怒っていないようだが……。
「では、最後の晩餐を楽しんで」
骸骨はそれだけ言うと、また動かなくなってしまった。
「……何ですかね、最後の晩餐って」
料理名が書かれたプレートと、食事が並べられているだけ。
一目見ただけでは分からない。
しかも、コシが戦闘不能になっていて、声をかけられない。
マアリンはコシに回復魔法をかけて、何とか戦闘不能から復活させる。
ホシは空腹が限界に達しており、フラフラと歩き回って料理を見つめていた。
「あ~~、もう! 食いてぇ! 俺はこのホットドッグが食いてぇ! 毒とか本当にあんのかよ。こんなの絶対美味いだけだろ」
ホシはホットドッグを持ちあげる。
「ちょっと待ってください!」
環が止めると、ドウォルムールが環のところにやってきて、「ホットドック」と書かれたプレートをまじまじと見つめた。
「ホットドッグ……ドック、そうか。分かったぞ!」
「ホンマ?」
環が尋ねると、ドウォルムールはこくんと頷いた。
「ああ。毒入りは、プレートに書かれた料理名に【ド】と【ク】という文字が入っているんだ! つまりホットドックは毒入りって事になる」
「はあ? これが毒入り?」
すると、コシがじろじろとプレートを見て言った。
「でもホットドッグって【グ】だよね? クではないし」
「流石だな、コシ。よく勉強している。ホットドッグは【グ】。でも……料理名をよく見てみるんだ」
「あっ!」
ドウォルムールに促され、コシは料理名が書かれたプレートをじっくり見つめる。
彼は何かに気づいたようだった。
「ホットドック……。【ク】になってる」
「本当だ……」
よく見てみると、濁点がついていなかった。
「危な、こんなのよく見ないと分かるわけないだろ」
「ホシが口に出してくれて助かったよ」
「じゃあこの土鍋ハンバーグもダメか」
マアリンがメニュー名を指差す。
すると、そちらもハンバー【ク】となっていた。
「というわけだから、くれぐれもメニュー名はよく見るように。この事さえ頭に入れれば、安全なものを食べられると思う」
「コシ、ごめんなさいね」
「いや、謝る必要はない」
皆が空腹なのか、食べられると聞いて、嬉しそうに何を食べるか選んでいた。
流石に、ドワーフの好みは似たり寄ったりなので、環は別のものを選んでいた。
マアリンは、フライドチキンバスケットが載った皿を持っていた。
「どうやらマアリンはフライドチキンバスケットみたいですね」
「酒には合うからね。環は何にする?」
「あ、環はミートドリアで」
「似てる」
「それ、嫌味ですかね?」
皆も自分の食べたいものを選べたようだ。
ドウォルムールは、唐揚げと生ビール中ジョッキ。
ホシとコシは、二人とも三品盛り合わせとハイボールを選んでいた。
「じゃあみんな食べようか!」
「うん、いただきます」
皆で手を合わせて食事を始める。
「ま、美味いは美味いですね」
少々不安もあったが、食べ進めていっても問題なさそうだった。
「毒が入ってなきゃ、何でも食っていいんだもんな。意外といいもんだぜ」
先程までは忙しかったが、こうやって皆と食事ができて、環は楽しかった。
「マアリンは飲むんだな」
「ドワーフの本能だからね」
コシが尋ねると、マアリンはこくんと頷いた。
酒の注文は、結構後に行ったようだ。
しばらくして、環達は星がよく見える、レストランの中央に向かった。
ドウォルムールと共に天井を見上げると、満天の星が広がっている。
「ここから見える星も、美しいですね」
「あの星……砂時計みたいに見える星、分かる?」
「ああ、あれの事ですか?」
環は近くに集まっている星を指差した。
「そうそう、あれはオリオン座っていってね、真ん中の三つ並んでいる星が、狩人オリオンのベルトなんだ」
「聞いた事はありますね」
「砂時計の左上の角、赤っぽい星がベテルギウス。右下の角にある青っぽい星がリゲルっていうんだ。オリオン座の左下にある明るい星が、おおいぬ座のシリウスで……。
太陽を除けば、『チキュウ』から見える星では一番明るいんだよ。まあアルカディアでは、オリオンは本当にいるんだけどね」
「ふーん」
「どうかしたのか?」
「ドウォルムールは好きな事に対してお喋りになっちゃう一面もあるんですね」
「……た、確かに」
ドウォルムールは、こほんと咳払いをすると顔を赤らめた。
「恥ずかしい事を言われてしまった」
「あなたにもそういう一面があるなんて、環は知りませんでした」
「そんな風に言われたのは、初めてだよ」
ドウォルムールは星を見つめながら、また話し出す。
「家では長男として、冒険ではみんながついてきてくれるようなリーダーでいなくちゃって、どうしても気を張ってる。
で……今、環さんといて、素の自分になってるって気がついた」
最初は近寄りがたいオーラが出ていたが、やはり気を張っていたかららしい。
では、ドウォルムールが頼れる相手はいるだろうか。
そう思うと、環は自分がその相手になりたいという思いが湧いてきた。
「ドウォルムール、あなたはいつもリーダーだったり、兄だったりで、しっかりしなければと思う事が多いでしょう。
ですが、環はあなたと同じ冒険者。あなたを受け止めましょう」
環が冷静に伝えると、ドウォルムールは真剣な顔で言った。
「……環さんはいっつも真っ直ぐで自然体だよね」
「そうですかね。環は普段通りにしてますが」
「それだよ。自覚のない冷静さは冒険者らしい」
「ふん。あいつはむかつくけど、突っ込んだら負けですしね」
「やっぱりベテラン冒険者らしいな、って思ったよ。……でもそうかと思ったら、『自分が受け止めます』って、心強い事も言ってくれたりさ。
そういう環さんだからこそ、僕も自分の素を出せたのかも」
環としては、何も考えていないようだった。
できれば、ドウォルムールの素の姿を見たいとは思っていたが。
そんな風に、環が思った時。
「「あっ!」」
環とドウォルムールの声が重なった。
「光った」
一つの星がキラリと光る。
環はそっと、星に向かって手を伸ばした。
「綺麗な星を見るとこうやって捕まえたくなる。だが、きっと凄く遠いんだろうな」
ドウォルムールは、上に上げた手をぎゅっと握りしめる。
環はドウォルムールの上に上げている手を取った。
「すまない、つい」
「ドワーフらしいごつい手ですね」
環は繋いだままのドウォルムールの手を引いて、傍にあったベンチに座った。
ドウォルムールも、その隣に腰をかける。
「……ちょっと頼ってもいい?」
「ドウォルムール?」
そして、環の肩にそっと頭を預ける。
非常に距離が近く、ドウォルムールの気持ちが伝わってしまいそうだった。
「環をどうするつもりですか」
「『受け止める』と言ってくれて、ありがとう。だが僕は、ドワーフとして、環を受け止めてやりたい」
「女の本能を刺激するからでしょうか?」
すると、ドウォルムールは首を振った。
「環が特別な人だから」
彼の、夜空のような色の目が環の方に向けられた。
普通の女性では吸い込まれそうになるほどの瞳だが、生憎、彼はドワーフなので環はなびかなかった。
「環、僕は……」
ドウォルムールがそこまで言った、次の瞬間。
「ドウォルムール兄~!」
三人が帰ってきた。
「あぁ、お帰り」
ドウォルムールは、たちまち“兄”の顔に戻ってしまった。
「ドウォルムール兄だけ、環さんを独占するなんてずるすぎるぞ」
「僕も、環さんといたかった」
皆が口々に文句を言う。
すると、ドウォルムールは大きく笑って見せた。
「はっはっは。楽しかっただろう、環さん」
「ええ」
ドワーフは口が堅く、兄弟であってもなかなか相手に秘密を教えない。
ホシ、コシ、マアリンは納得したように頷くと、皆で進み出した。
輝く星空の下を抜けて、また冒険が始まる。
環は気合を入れるために、くるくると二丁拳銃を回した。