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第0話 バンカラ街の少年

 これは、哺乳類に代わり、魚介類が地球の覇権を握ってから12007年後の物語――


「哺乳類の時代を、もう一度《Return of the Mammalians》」


 一人のインクリングと、一匹のコジャケが、魚介類の乗る古びた列車に乗っている。

 インクリングの名前は、プシット。

 どこかの辺境に、いつの間にか、コジャケのラクスと共にいた少年である。

 彼は列車に乗って、混沌の街、バンカラ街に行こうとしていた。


(この箱……誰がくれたのでしょうか)

 プシットは、これまたいつの間にか持っていた箱を見つめていた。

 箱には、丁寧に書かれたサインがあり、どこかの有名なグループがくれたものだろう。

 列車の中で箱を開けるのは迷惑なので、プシットは列車がバンカラ街に着くのを待っていた。


 やがて列車は煙と共に、バンカラ街に辿り着く。

 ここが、プシットとラクスが住む場所になる、混沌の街・バンカラ街だった。

 様々な建物が雑多に並んでおり、周りにはたくさんのインクリングやオクトリングが住んでいる。

 ポリュープの一件があって以降、この地球ではインクリングとオクトリングがある程度ながら再び共存するようになった。

 最早、イカ、タコの区別など、この混沌の街ではあってないようなものかもしれない。


「さて、早速箱を開けましょうか」

 プシットは周りに誰もいないのを確認して、箱を開ける。

 すると、箱の中から二人の女性の声が聞こえてきた。

【アタシはヒメ、Also known as MC Princess!!】

【あ、後輩のイイダです。今、テンタクルズはワールドツアーをやっているんですよ】

【その時の土産だYo!】

【これ、ワタシ達からのプレゼントですからね】

 箱に入っていたのは、何の変哲もない、白と黒の石がついたペンダントだった。

 しかし、何故かプシットはその石に惹かれていた。

「きっと、僕を応援するためのものですね」

 プシットは箱から取り出したペンダントを首にかけ、箱を閉じた後、バンカラ街の中央に向かった。


「おや?」

 バンカラ街のテレビに、青いオクトリングの女性と黄色いインクリングの女性、そして灰色のマンタ族の姿が映っていた。

「さあさあ、お立ち合い! バンカラ代表のイカした三人組、すりみ連合がお送りする……」

「バンカラジオの時間じゃー!!!」

「エイ!(始まるよ!)」

 彼らの素性はプシットには分からなかったが、恐らく、この街の代表的な人物だろう。

 プシットとラクスはじっと三人の様子を見ていた。

「今日もスミからスミまでずずずい~っと塗ってみせやしょう!」

「エイエイ!(いよっ! ホホジロ屋ー!)」

 オクトリングの女性――フウカは扇を開き、扇《あお》ぐように動かして閉じる。

 灰色のマンタ族――マンタローが応援する中、プシットがその場を後にしようとすると、何やらマンタローが慌てた様子で言った。

「エイ、エイ!(臨時ニュース! 臨時ニュース!)」

「え? 何のニュースでしょう?」

 プシットはテレビに釘付けになる。

 そこには、オオデンチナマズが行方不明になったというニュースが流れていた。

「街のエネルギー源、オオデンチナマズが行方不明……?! あんなでかいナマズ、すぐに見つかるじゃろ!」

 黄色いインクリングの女性――ウツホは、オオデンチナマズはすぐに見つかると楽観視した。

 最近は工事ばかりで、ただでさえ電力不足だというのに、この事態は由々しいものだった。

「ヨッシャ! バンカラ街のみんな、気合いで節電じゃ!」

「エイエイ!(見つけたら連絡してね!)」


「オオデンチナマズって、行方不明になるものでしょうか。まあいいでしょう、とりあえずロビーに……」

「ぉーーーーーい」

 プシットがロビーに行こうとすると、マンホールから老人の声が聞こえた。

 どうやら、自分を呼んでいる声のようだ。

「あの声は一体誰でしょう」

 どう見ても、これは怪しい老人なので、プシットは彼を警戒した。

 彼は警戒しながらその老人の傍に向かい、イカの姿に戻ってマンホールに入った。

 もちろん、ラクスは後からついてきた。


 マンホールの中には荒野が広がっていた。

 逆さになった建物に、転がっている岩と、かつて文明が存在したような痕跡がある。

 事実、かつてはこの地球にインクリングとは別の種が築いた文明があった。

 しかしその種は地球から姿を消している。


「……あの……」

 プシットとその老人は向かい合っており、老人の傍には黒いテントと、見慣れない不気味なインクがあった。

 ブキを杖のように持っている老人の横を、ころころと草が転がる。


「タッ……タタタ……タタッ、タコが来よる!」

「タコ……オクトリングの事ですか?」

 この種族についてはプシットも聞いた事がある。

 かつてインクリングと敵対関係にあり、今ではそれなりに共存している、タコから進化した種族である。

 知能が高いタコだけあって技術力はかなりのもので様々な道具を作り出す事ができるという。

 プシットはタコに育てられたイカなので、オクトリングの事は知っていた。

「今はそう呼ぶ事もあるようじゃな。ワシはNew!カラストンビ部隊の相談役をしておるアタリメじゃ」

「僕はプシット。こっちはコジャケのラクスです」

 アタリメとプシットはお互いに自己紹介をする。

「ワシはオヌシのようなワカモノを待っておったんじゃ!」

 確かに、このアタリメという老人は、もうかなりのトシだろう。

 前線で戦う力は、あまりないように見える。

「バンカラ街のエネルギー源、オオデンチナマズが消えた事件を知っておるか?」

「すりみ連合が放送していましたから」

「なんと! すりみ連合とは……」

 プシットがすりみ連合の話をアタリメに伝えると、アタリメは驚いたように声を上げた。

 どうやらアタリメは、すりみ連合の事をあまりよく知らないらしい。

「じゃが、すりみ連合は犯人ではないじゃろう。あれはタコ軍団、オクタリアンの仕業じゃとワシは睨んでおる」

「オクタリアン? オクトリングではなく?」

「インクリングと共存するタコはオクトリング、そうでないタコはオクタリアンとワシは呼ぶ。

 過去2回オオデンチナマズが失踪しておるが、どちらも原因はオクタリアンじゃったのでな!」

「本当にタコが盗んだんですか?」

「間違いない!」

 今度もまたタコがオオデンチナマズを盗んだのだろうとアタリメは読んだ。

 だが、自分を育ててくれたタコは、そんなに強欲ではなかった気がしたので、プシットはアタリメの問いに疑問を抱いた。

「ワシはもうNew!カラストンビ部隊を引退したのじゃが、気になってきゃつらを見張っておったわけじゃ」

(要するに、若気の至りですね)

 プシットは少し冷ややかな目でアタリメを見つめる。

「頼む! ワシに協力してくれんか? きゃつらからオオデンチナマズを取り返すんじゃ!」

「……分かりました。ちょうど暇でしたしね」

 プシットはアタリメの頼みを聞く事にした。

 本当にオオデンチナマズを盗んだのはタコなのか、自分自身の目で調査したいからだ。

「黙っと……おっと、黙ってなかったようじゃな。よし! 今日からおヌシをNew!カラストンビ部隊隊員、3号に任命する!

 ちなみに、3号はもう一人おるから、おヌシは名前で呼ばせてもらうぞ」

「は、はぁ」

 勝手に3号に任命されたが、プシットは悪い気はしなかった。

「きゃつらのインクに対抗できるよう、特製のヒーロー装備をくれてやろう!」

 そう言ってアタリメはプシットにヒーロー装備を渡しプシットはすぐにそれに着替えた。

 全体的に黄色を基調とした、スタイリッシュなデザインだ。

 持っているヒーローシューターも、先が青くなっている、スタイリッシュなものだ。

 プシットにはちょうどいいサイズであるが、実はこれは前3号ことセピアのお下がりである。

「ほんじゃ、レッツゴー! イカ、よろし」

 アタリメが宣言しようとすると、ラクスがぴょんぴょんと辺りを飛んでいた。

「ヌ、さっきから気になっておったが、このコジャケはおヌシの相棒か?」

「いつの間にか傍にいたので……でも、まあそういう感じです」

 何故ラクスがついてきたのかはプシットにも分からなかった。

 だが、自分を助けてくれる事だけは確かだ。

「ウーム! やる気マンマンじゃな!」

 アタリメは積極的に動いているラクスを夢中で見つめている。

 いつの間にか傍にいたのだが、今ではプシットを大切に思っているという。


「では、改めてレッツゴー! イカ、よろしく~」

「よろしくお願いします」


 こうして、プシットとアタリメは、クレーターを調査する事になった。

 しかし、このクレーターの調査こそが、思いもよらない大冒険に繋がる事になるとは、この時、プシットもアタリメも、そしてラクスもまだ、知らなかった。

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