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第6話 永遠の死

 今から数十年前の事です。

 ある家に、瑠璃色の髪を持つ二人の姉妹が生まれました。

 姉の名前はマリア、妹の名前はゲルダ。

 二人は家族と一緒に幸せに暮らしていました。


 ですが、健康だったゲルダと違って、マリアは生まれつきの心臓病を患っていました。

 それでも、マリアは何とか20歳の誕生日を迎える事はできました。

 この時、ゲルダは18歳でした。


 23歳になったゲルダはアメリカ人男性と結婚し、カイという息子を授かりました。

 マリアは、様々な伝承を研究している大学講師、城山一馬と交際しました。

 彼は様々な人物から笑いものにされていましたが、マリアだけが唯一の支えでした。

 日に日に心臓病が悪化するマリアでしたが、せめて妹に幸せになってほしいと願っていました。


 やがてマリアの死を知らせる電報が届き、ゲルダは泣き崩れました。

 まだ幼いカイには分かりませんでしたが、母親の悲しさだけはしっかりと理解しました。


 時が経ち、18歳になったカイは、日本のある大学の医学部に所属しました。

 姉を亡くしたゲルダのような悲しい人物をこれ以上生み出さないためです。

 そんな努力の甲斐あって、カイは4年後にその大学を次席で卒業しました。


 大学卒業から5年後、カイは女性と結婚しました。

 彼とその女性の間に生まれた子供が、レイモンドという男の子だったのです。


「……そうか……オレは、マリアという女の血を少しだけだが引いていたんだな」

 祖母から真実を聞いたレイモンドは、ふむ、と顎に手を当てて唸る。

 冷静な性格の彼は、基本的に動じないのだ。

「して、城山一馬とは、誰だ?」

「青い帽子を被った男を知りませんか? 私の姉と交際していました」

「……」

 その姿は、レイモンドは見た事がないため、レイモンドは何も言わなかった。

 だが、祖母の姉の恋人だという事は、きっとそれなりに良い人物だろうと思った。

 しばらくして、ゲルダはレイモンドの顔を見る。

「あなたは、コトリバコの呪いを解きたいのですね」

「当然だ、医者として放っておけないからな。だが、箱に呪いを移すだけでは……」

「あなたならそう言うだろうと思いました。私についてきなさい」

 ゲルダはコトリバコの呪いを解く方法を知っているのだろうか。

 レイモンドは少し疑問に思ったが、自分の祖母なら信じないわけにはいかないと、宙に浮くゲルダの後を追いかけるのだった。


 雷太と沙知子が本殿にやって来たのは、それから数分後の事だった。

 レイモンドがいなくなったため、また入れ違いになってしまった。

「まったく、レイモンドさんはどこにいるんだ? でも、自分でやるって言ってたし」

「私達はここで待つしかないわね」

「くっ……」

 雷太は歯を食いしばっている。

 本当は自分が都市伝説を回収したいところだが、レイモンドに忠告されているためできない。

 もし忠告を破ったら、それこそ命に係わるかもしれない。

 雷太はさらに強く護符を握り締めるが、沙知子は雷太の肩に手を置いて言った。

「レイモンドさんを信じて待つのも役目でしょ。あの人は絶対に、呪いになんて屈しない。雷太君、レイモンドさんの帰りを待ちましょう!」

 沙知子の表情は強い自信に満ち溢れていた。

 自分しか信じなかった雷太は馬鹿らしく思って、護符を少し乱雑に鞄に入れた。


 場面はレイモンドに戻る。

「ここか?」

 ゲルダに案内されてやってきたのは、こじんまりとした部屋だった。

 部屋はそれなりに整えられており、奥には小さな箱が置いてある。

「この箱を開けてください。そこに、あなたが求めるものがあります」

「オレの求めるもの……」

 ゲルダによれば、箱の中にコトリバコの呪いを解く重要なアイテムがあるらしい。

 レイモンドは箱にゆっくり近付き開けようとする。

 しかし、箱を開けようとする手が、止まった。

「どうしましたか?」

「……本当に大丈夫だろうか」

 呪いには呪いをもって対抗するのだろうか。

 そう思ったレイモンドは、不安で震えてしまった。

「いいえ。呪われていません」

「……」

 ゲルダは穏やかに、かつ真剣な声色でレイモンドに言った。

 どうやらこの箱にも、箱の中にも、呪いは全くないという。

 祖母が言うならば信じても構わないだろう。

 レイモンドは頷いて、ゆっくりと箱を開けた。


「……これか?」

 箱の中に入っていたのは、一見して何の変哲もない短剣だった。

 これがコトリバコの呪いを解くものか、とレイモンドは首を傾げていた。

「これは『エターナル・デス』です」

「エターナル・デス?」

「どんなものも殺す事ができる短剣です。厳密には、切りつけた対象に『死』の概念を与えるもの。これにより、あらゆるものを殺す事ができるのです」

 それは、形のないものであっても殺す事ができる、まさに何でも殺し得る武器だ。

 この武器があれば、都市伝説の呪いも、はたまた神ですらも殺す事ができるという。

 レイモンドは確信した……この武器を使えば、コトリバコの呪いを「殺す」事ができると。

「ありがとう、ゲルダ」

 短剣を手に入れたレイモンドの表情が僅かに綻ぶ。

 祖母のプレゼントは、どんな恐怖にも打ち勝てる、温かい愛情がこもっていると確信したからだ。

 レイモンドがゲルダにお礼を言った時、ゲルダの身体から光の粒が溢れ出ていた。

「ゲルダ……!?」

「もう、私は長くありません。霊体として留まっていたのが、あまりに長かったのですから。ですが、あなたなら必ず、コトリバコの呪いを解く事ができます。

 ありがとう……レイモンド、我が孫よ……」

 ゲルダはそう言い残し、光の粒となって消えた。

 彼女の最期を見送ったレイモンドは、エターナル・デスをぎゅっと握り締めた。


「この短剣が、恐怖を殺してくれる。だから、絶対に、コトリバコの呪いを解く」


 レイモンドは祖母がくれた短剣を鞄にしまうと、本殿で待っていた雷太と沙知子と合流した。

「もう! レイモンドさん、何やってたのよ!」

「僕達、心配してたんだぞ!」

 ずっと待っていた雷太と沙知子は、レイモンドに対して怒鳴るのも当然だ。

 レイモンドは「すまない」と謝った後、雷太と沙知子に理由を話した。

「遅れてすまなかった。だが、呪いを解くための手段が見つかった」

「「えっ?」」

「そのためにはオレ一人であそこに行く必要がある。雷太、沙知子、ここで待っていられるか?」

 この事は自分一人で解決しなければならない。

 そう思ったレイモンドは、雷太と沙知子に待ってもらうように言った。

 彼の身に何があったのかは二人は分からないが、大人の言う事には従わなければならない。

 二人とも頷いて、レイモンドを見送る事にした。


「絶対に、無事に帰ってくるんだぞ!」

「私達はここで、レイモンドさんを待つからね!」

 見送る二人の顔を見たレイモンドは、絶対に生きて帰ると誓いながら、コトリバコのある祭壇に歩くのだった。

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