第7話 コトリバコとの対決
レイモンドは祖母の幽霊に導かれ、コトリバコの呪いを解く事ができるアイテム、エターナル・デスを手に入れた。
彼はあらゆるものに死をもたらす短剣を握り締め、コトリバコと戦おうとしていた。
普通の人間が都市伝説に立ち向かう事は無謀だ。
しかし、彼には祖母から授かった武器と、町の人から得た絆の力を持っている。
温かいものに、霊や呪いは決して近付けない。
だから、信頼、交流、太陽のような温かさこそが、あらゆる恐怖を打ち破る事ができるのだ。
(大丈夫だ。ゲルダがオレを守ってくれる。それだけじゃない。雷太も、沙知子も、そして啓介も……オレを信じてくれている)
レイモンドはエターナル・デスに宿る温かさを感じ取っている。
都市伝説の呪いに巻き込まれた者は、身も凍るような体験をし、場合によっては悲劇的な結末を迎える事もある。
しかし、愛の力で呪いを打ち破れたように、温かさで立ち向かう事ができる。
確かにただの人間には都市伝説の呪いには勝てないかもしれないが、その分、人間には都市伝説の呪いにはないものがある。
それが「温かさ」であり、恐怖を打ち破れる「勇気」だ。
(オレは、必ず……コトリバコを治療する)
闇医者として、レイモンドは必ず、コトリバコという病を治療しようと誓った。
そしてレイモンドはついに祭壇に足を踏み入れた。
この上に、コトリバコがある。
他人に不幸しかもたらさない呪われた箱を、レイモンドはメスとナイフをもって、治療しようとしている。
レイモンドはこれまで数多くの病を治してきた。
なので、今回もこの病を治そうと、今、たった一人で挑戦しようとしていた。
いや、たった一人という言い方は間違っている。
何故なら、彼を信じる者が、たくさんいるから。
「これが……コトリバコ……」
レイモンドはコトリバコから溢れ出る強烈な黒い気に威圧される。
まるで、心身が凍り付きそうな感覚だったが、ここで怖気づいてはいけない。
コトリバコを治療しなければ、またこの町で呪いが広がってしまうからだ。
絶対に治療すると誓ったのだ、ここで誓いを破るわけにはいかない。
「――治療する!」
レイモンドはメスをコトリバコに突き立てる。
コトリバコには罅が入り、そこから僅かに呪いが溢れる。
レイモンドはコトリバコの呪いに抗いつつ、治療のために弱点を探している。
コトリバコはその場から動く事はなかったが、レイモンドを呪おうと震わせていた。
「ぐ……!」
レイモンドはコトリバコから溢れる呪いを受ける。
啓介と同じく腹痛が起こり、腹を押さえ、動く事ができなくなった。
「が、ぁ、ぁぁ……」
レイモンドの身体を黒い霧が取り囲み、呪いの力で取り殺そうとした。
コトリバコの呪いは強力で、普通の人間ではなすすべもなく呪い殺されてしまう。
くねくねも不幸の手紙も、当事者が無力だったからあのような結末を迎えてしまった。
そのような事は絶対にあってはならないと、レイモンドは呪いから逃れようとしたが、やはりレイモンドには、できなかった。
(このままオレは、死んでしまうのか……? 医者のオレが、呪われてしまうのか……?)
レイモンドの脳裏に様々な思い出が蘇る。
医者の息子として生まれた事、子供を治療した事、雷太と沙知子と出会った事、祖母から自分の出自を知った事……。
死の間際にこれらを思い出すのは、何も非科学的なものではなかったのだ。
――青い傘がほくそ笑んでいた光景を見たのは、それから僅か1分後の事だった。
(――くそ!)
レイモンドが心の中で悪態をついた、その時。
「「「レイモンド(さん)!!」」」
「みんな!?」
なんと、雷太、沙知子、そして啓介が、レイモンドのところにやって来たのだ。
啓介の身体の調子は相変わらず悪かったが、何とかこの神社まで来たため、レイモンドが驚くのも無理はなかった。
「レイモンドさん、呪いを解くと言ったでしょ!?」
「それなのに、こんなところで負けるなんて……レイモンドさんらしくない!!」
「……頼む……もうすぐ俺も死んじゃうんだ……」
片手だけ伸ばす啓介の姿を見て、思い出す。
医者は、闇の道を進んでいても、決して患者を見捨ててはならないと。
自分は一人じゃない、こんなにも仲間がいる。
呪いを治療すると信じてくれている子供達がいる。
だとしたら……こんな呪いになんて、レイモンドは負けるわけにはいかなかった。
「はぁぁぁぁぁっ!」
レイモンドは子供達の力を借りて、コトリバコの呪いを自力で打ち破った。
子供に呪いをかける箱が、子供の力で呪いが解けるというのは、なんとも皮肉なものだろう。
だが、それがいい、とレイモンドは思った。
「オレには、オレを信じてくれる奴がいる。仲間がいる。光がある。温かさがある。だから……闇に負けるわけにはいかない!」
レイモンドはゆっくりと立ち上がると、得物をメスからエターナル・デスに持ち替える。
あらゆるものを殺す事ができる短剣、それは都市伝説の呪いであっても例外ではない。
レイモンドはコトリバコの病を殺し治療するべく、エターナル・デスをコトリバコに突き立てようとした。
コトリバコはレイモンドを呪い殺そうとするが、子供達が応援している以上、レイモンドは呪いに抗い続けていた。
「頑張って、レイモンドさん!」
「絶対に呪いを解いて!!」
「医者なんだ……ちゃんと、治してくれ」
三人の子供は、レイモンドを心から信じていた。
レイモンドがコトリバコの呪いを解くと信じ、彼を応援しにやって来たのだ。
彼は子供達を見て頷き、コトリバコ目掛けて、エターナル・デスを大きく振りかざした。
「全て……このオレが治す!!」
いよいよレイモンドの目的が果たされようとした。
コトリバコの呪いを解き、町を救うという、赤いフードの少年が積極的にしなかった事を。
そして、エターナル・デスがついに、コトリバコに鋭く突き刺さった。
箱から眩い光が溢れ出て、本殿を包み込む。
子供達は思わず目を覆うが、レイモンドはしっかりと見つめていた。
コトリバコの呪いが解ける、その瞬間を。
そして――光が消えた時、コトリバコからは、もうあの黒い気は出ていなかった。
レイモンドは、コトリバコの呪いを解く事ができたのだ。
「レイモンドさん……君は……千野フシギよりも……よっぽど『主人公』らしい闇医者だ……」
雷太の呟きは、レイモンドには聞こえなかった。
しかし、確かに彼は、レイモンドを認めたのだ。