第8話 全ては丸く収まった
コトリバコの呪いは解け、啓介の腹痛は治った。
もう二度と、この町で都市伝説の呪いに無力な人間が襲われる事はない。
レイモンドは、治療する事ができたのだ。
「本当にありがとう」
「医者として当然だ」
お礼を言う啓介に対しレイモンドは真顔で言う。
レイモンドは子供を助けるために医者になった。
患者を見捨てて犠牲にするのは医者ではなく、また不条理も決して許される事ではない。
だから、レイモンドは呪いと真剣に向き合い、そして払う事ができたのだ。
これは、都市伝説の当事者はほとんどできなかった事である。
「「レイモンドさん!」」
本殿から戻ってきたレイモンドを、雷太と沙知子が出迎える。
「コトリバコの呪い……ちゃんと解いたんだな」
「ああ、ちゃんと治療した」
エターナル・デスはキラキラと光っている。
雷太が持つ赤い手帳が黒ずんでいるのとは反対に、まるで希望の光を宿しているようだった。
誰も犠牲にせずに呪いを解く事ができたため、雷太と沙知子は、ぱっと明るい表情になった。
本当に、全て丸く収まったのだ。
(オレは、雷太の言う通り、あいつ以上に主人公なのかもしれないな)
雷太が自分を主人公と認めてくれたため、レイモンドは心の中で嬉しく思っていた。
何があっても毅然として立ち向かい、誰かを助けるために尽力する。
基本的に呪いの回収にしか興味がない「彼」とは、大きく違うと言っても過言ではない。
都市伝説を相手にするならば、エターナル・デスを使ったレイモンドの方がよっぽど強いだろう。
――誇張表現かもしれないが、事実である。
「それと……」
「なんだ?」
「その赤い手帳は、持ち主に返した方がいいぞ」
レイモンドは赤い手帳が本来の持ち主ではない事に気づいていたため、手帳を持っている雷太に持ち主に返してもらうように促した。
雷太は気づいていなかったが、本来の持ち主以外が赤い手帳を使うと、今まで回収した都市伝説が復活し、
使用者の命や心を少しずつ奪い、やがて手帳は黒く染まって使用者は死ぬ。
レイモンドも赤い手帳に気づかなかったが、危険な代物である事は理解しており、そのため雷太に忠告したのだ。
「いくらお前が何かを目指しているといっても、危険なものに手を出しては本末転倒だ」
「悪い事は言わないわ、レイモンドさんの言う通り、その手帳は早くフシギ君に返してあげて」
沙知子も雷太に赤い手帳を使わないように言うが、雷太は首を三回横に振った。
「それは嫌だ。絶対に捺奈を助けるんだ。今も、くねくねに苦しんでいるかもしれないから」
「それはそうだけど……でも、私は雷太君を死なせたくないの」
沙知子は雷太の手をぎゅっと握った。
彼女は純粋に雷太を心配しており、これ以上雷太が闇の道に進んでほしくないのだ。
あの手帳を使い続けると雷太は死んでしまうし、何より回収した都市伝説が復活する。
そして沙知子は雷太に個人的な感情も抱いている。
今の雷太には届かない思いかもしれないが、それでも、自分に嘘をつきたくなかった。
「もし雷太君が言う事を聞かなかったら、力ずくでも私が雷太君を取り戻すからね」
真剣な表情でそう言った沙知子を見て、レイモンドはふふっ、と笑みを浮かべた。
沙知子はそれに全く気付いていなかった。
(結局、今の世の中、暴力に対抗する手段はそれ以上の暴力しか存在しない。だが、恐怖には『勇気』で対抗できる。オレは勇気をもって、恐怖を打ち破った。
どうか、これから訪れる町の人も、恐怖に対抗できる勇気を持ってほしい。そして、オレがその勇気を町に与えてやる)
次の町に旅立ったレイモンドと、赤いフードの少年がすれ違った。
お互いに顔を合わせる事なく、二人は去っていく。
赤いフードの少年の手には、本来は持っているはずの赤い手帳がなかった。
(あの手帳を返すつもりはないようだな。だが、いずれ痛い目に遭うだろう。その時は……すまなかったと謝る)
レイモンドは子供の命を救っている医者だ。
不条理な理由で子供の命が奪われるのは阻止するがそれ以外なら割り切ってしまう事もある。
もしも雷太が忠告を聞かず赤い手帳に支配されればその時はその時だ、とレイモンドは思った。
しかし、レイモンドはフシギと違い非情ではない。
助けられる命なら、何としてでも助けるのが、医者としての使命だと父に言われたからだ。
(オレのエゴかもしれないが……それでもオレは、医者として、子供達を助けたい。ゲルダとカイが、残してくれたものだから)
レイモンドは闇医者である。
医師免許を持たず、自分の身は自分の身で守り、責任も自分で背負わなければならない。
何かあったとしても、社会は助けてくれない。
そんな不安定な職業である。
しかし、レイモンドの腕は確かで、これまでに多くの子供の命が救われた。
彼がいれば、どんな都市伝説の呪いであっても、彼のできる範囲で助けてくれる。
レイモンドは普通の人間だが、その勇気は、こことは別世界のある少年に匹敵するという。
いずれ彼が出会う事になるとは、彼自身、思っていなかったのだという。
これは、とある町の都市伝説に立ち向かった、ある一人の闇医者の物語である。
Gray Scalpel
完