第2話 魔法
「えいっ! えいっ! えいっ!」
有栖は毬藻から魔法の修行を受けていた。
何回か声を出してはみたものの、魔法はなかなか発動しなかった。
そんな有栖に、毬藻は首を横に振って言った。
「ただ呪文を唱えるだけじゃダメだよ。魔法を使うには、正確な動作も必要だし、道具も必要な時だってあるんだ。例えば、幻聴を引き起こすゴースト・サウンドって魔法なら」
毬藻は鞄から羊毛一つまみを取り出し、手を慎重に動かして呪文を唱える。
すると、カラン、という音が何もないのに鳴った。
「音が鳴った……!」
「こんな風に、魔法も科学も同じようなものだよ。要するに、理科の授業みたいなものさ」
「理科か」
毬藻が言う魔法は、論理的な原理があるらしい。
きちんとした手順を組まなければ、魔法はきちんと発動しないらしい。
「まず、どんな魔法を使いたいかを思い描くんだ。具体的にどんな効果を発動したいのか、どうやって魔法を使うのか……」
「う~ん……」
有栖は腕を組み、首を捻った。
どんな魔法を使いたいのか、まずそこから始める必要があるという。
「いきなり強力な魔法は使えないさ。まずは、弱い魔法から始めるんだよ」
「弱い魔法……うん、ちょっとした奇術なら、大丈夫じゃないかしら」
有栖が言う“奇術”とは、初心者の魔法使いが練習のために使う簡単な手品だ。
効果は弱いが、音声と動作だけで発動できるため、魔法使いはここから入る事が多い。
「それじゃ、いくわよ……」
有栖は落ちていた小石を左手で拾い、精神を集中し、自由な右手を動かした。
「ベーアリフ・ラーアリフ・チューザンメ……」
有栖が短く呪文を詠唱すると、小石はゆっくりと持ち上がった。
これは異世界の言葉だが、この世界でも通用する呪文らしい。
「成功だ……!」
毬藻は有栖が魔法を成功させた事に驚く。
有栖は小石をもう右手で掴み、精神を集中すると、小石は磨かれたように綺麗になった。
その後、粗雑な造花を作り、それが光り輝き、微かな音色が響き渡った。
そんなこんなで、有栖は奇術をいくつか行い、簡単な魔法の発動は終わった。
「やるじゃないか、成功だよ。キミには、魔法の素質がある」
「え、えへへへへ……」
毬藻に褒められて、有栖は顔が赤くなる。
章吾の双子の姉だけあって、センスは良いようだ。
「よし、これからボクが付きっ切りでキミに魔法を教えよう!」
「はい、師匠!」
「……その言い方はちょっとねぇ」
有栖は魔法の師匠・毬藻から魔法を多く教わった。
最初に使ったちょっとした奇術の魔法は「プレスティディジテイション」というらしい。
ほかにも、有栖は基礎的な魔法はたくさん覚えた。
全ては鬼から、弟を守るために。
「凄いねぇ、こんなにたくさん魔法を覚えるなんて」
「私はこう見えても弟がいるの。弟を守るために、魔法を学びたいのよ」
「ふふ……お姉さんらしいね」
姉として、弟の面倒を見なければならない。
その思いが、有栖を奮い立たせていたため、毬藻は彼女を見て微笑んだ。
もしかしたら、有栖を弟子に選んだのは、正解なのかもしれないと思った。
そのため、毬藻もまた、有栖に惹かれた。
「それから、有栖」
「何?」
「魔法は、無闇に使っちゃいけないよ。敵にばれて対策されたら、元も子もないからね」
「……ええ」
毬藻の素性は、有栖には分からなかった。
だが、毬藻の言葉はとても大切だったため、有栖は素直に頷いた。
「あ、もうそろそろ5時になるわ」
公園の時計を見ると、時間は午後4時47分を差していた。
午後5時になるまでに帰らなければ、母親に叱られてしまうからだ。
「そうだね。じゃあ、今日の修行はここまで!」
「ありがとうございました!」
そう言って、有栖は毬藻に手を振り、自宅に向かって真っ直ぐ帰っていった。
「それじゃあ、また明日……」
毬藻は微笑みながら有栖の背中をじっと見つめた。
しかし、しばらくして、毬藻は真剣な表情になり、ゆっくりと精神を集中する。
そして、毬藻は目を開けた。
「黒鬼の気配がする……。有栖、油断しないでよ」
毬藻の目は、鋭い光を宿していた。