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第3話 囚われの子供達

 次の日の日曜日。

 有栖と章吾は朝食を食べ終わり、少しお腹を休ませた後、相談していた。

「ねえ章吾、日曜日だからみんなで遊ばない?」

「ああ、身体も動かせるしな」

 章吾は基本的に家族以外にはそっけない。

 姉の有栖には逆らえないため、素直に頷いた。

 もっとも、身体も動かせる、というのが、彼の遊びたい第一の理由だが。

「食器を片づけて、私が洗ったら、公園に行くわよ」

 章吾の母親はすっかり良くなったものの、それまで家事の一部は有栖が担当していた。

 有栖は勉強や運動ができる優等生だが、それに甘んじず努力しているしっかり者だ。

 そのため、章吾はますます姉に逆らえなかった。


 食器を洗い終え、タオルで食器を拭き、片づけた後に有栖が章吾に言った。

「じゃあ、行きましょう」

「もちろんだ、有栖」

 鬼に追いかけられてばかりで、まともに遊べなかったため、二人は公園に行くのにわくわくしていた。


 有栖と章吾が公園に行くと、和也と孝司がベンチに座っていた。

「あら、和也に孝司じゃない」

「よっ、有栖!」

「遊びに来たんだね、金谷君」

 和也は元気に、孝司は落ち着いて二人に言った。

 有栖と章吾が「おはよう」と挨拶すると、二人は立ち上がって「おはよう!」と挨拶する。

「今日は、何して遊ぼうか? といっても、今は一つしか思い浮かばないが」

「かくれんぼ、だな? といっても、これも鬼が出るんだよな」

「鬼が出てこない遊び、何かあるかな?」

「うーん、缶蹴りとか? でも、これも鬼が出てくるわよね」

「じゃあ大縄跳びはどうかな?」

 そう言って、孝司は縄を取り出す。

 鬼がいない遊びなので、鬼に目を付けられない、と思って用意したらしい。

「いいわね、それ! じゃあ、みんなで遊びましょう!」

「おうっ!」


 こうして、大縄跳びが始まった。

 縄を担当するのは章吾と孝司、飛ぶのは有栖と和也となった。

 有栖は章吾の双子の姉というだけあって、順調に縄を跳んでいく。

 和也はつまずきそうになりながらも、何とか跳んで有栖についていった。

(流石は金谷の姉ちゃんだな)

(運動ができて、気持ちいいわ)

 二人が何を思っているのかは、縄を担当する二人には当然、分からなかった。

 しかし、楽しそうな様子である事は分かった。

 昼食の時間になるまで、ずっと遊んでいたい、と四人はこの時、思っていた。


 ――しかし、その時間は長くは続かなかった。


「みんな、後ろ!」

「うわっとっとっと!?」

 突然、有栖が縄から外れ、和也が縄に引っかかってしまう。

 どうやら、有栖は何かの気配を感じたようだ。

「ど、どうしたの、金谷さん!?」

「有栖!?」

「分からない……けれど、何かが後ろにいる!」

 有栖は目を閉じて精神を集中し、自分達の背後の存在を察知しようとした。

 しかし、呪文を唱えようとする前に、有栖達の身体に網がかかった。

「しまった……!」

「有栖!」

「そんなっ、なんでだよ!?」

「和也……!」

 さらに、白い煙が四人の身体を覆いつくし、四人の意識は、そこで途切れた。


「……ここ、は……?」

 天井から滴る水で、有栖は目が覚めた。

 洞窟を手入れしたであろうこの空間は、鉄格子で仕切られている。

「みんな、起きて!」

 有栖は急いで、意識を失っている章吾、和也、孝司の身体を揺すった。

「ん……?」

「ここ、どこ……?」

「僕達、さっきまで縄跳びしていたのに……」

 どうやら、ここは牢屋の中のようだ。

 先ほどまで公園で遊んでいたのに、いきなり牢屋に連れていかれた四人は、当然ながら戸惑っていた。

 すると、鉄格子の向こうに一人の鬼が立っていた。

 槍を構え、馬の頭をしているところからするに、地獄の門番を担当する馬頭鬼だろう。

 馬頭鬼は大きく唸り声を上げた後、去っていった。


「オレ達をこんなところに閉じ込めやがって!」

 当然、捕らえられた和也は怒るが、同時に有栖はチャンスだと思っていた。

 何故なら、毬藻から教わった魔法が、この場所で役に立ちそうだからだ。

「学んだばかりの魔法が、まさかここで役に立ちそうだとはね」

「魔法? なんだそれは」

「何でもないわよ、章吾」

 首を傾げる章吾をよそに、孝司が牢屋を指差した。

「あ、待って! そこに誰かいるよ!」

「誰かしら……?」

 有栖が指差した場所を確認すると、牢屋の中には一人の男性が横になっていた。

 自分達より年上の、大学生だろうか。

 男性は横になったまま、有栖達にこう言った。

「ここは、黒鬼を崇拝する鬼達が集まる祠の中だ。奴らは目玉になった黒鬼を復活させるべく、お前らを生贄にしようとしているんだ」

「生贄!?」

 黒鬼は、黒鬼になった章吾に引き裂かれ、赤い目玉だけになってしまった。

 その黒鬼が子供達を生贄に復活すれば、桜ヶ島にまた暗黒が訪れてしまう。

 そんな事は絶対にさせないと有栖は拳を握り、章吾は複雑な表情になった。

「生贄の儀式は明日の夜だ。俺は、ここから抜け出そうとした時に、牢屋の鍵をくすねておいたが、捕まって足を折られた。俺を置いていっても構わない」

 まるで自分は足手まといとでも言うような口調だ。

「誰かを見捨てるなんてオレにはできない!」

 和也は男性を助けようと手を伸ばした。

 しかし、有栖は和也の前に仁王立ちして、首を横に振った後に言った。

「でも、この人は足手まといだわ。だから、今は置いていくしかない」

「有栖がそう言うなら、仕方ないな」

「魔法で助ければよかったのに!」

「あのねぇ、魔法は無闇に使えるものじゃないのよ」

 やたらと魔法を使えば鬼にばれてしまう。

 毬藻から教わった大事な事なので、有栖は章吾達に伝えたのだ。

 男性は口角を上げると、有栖にこう言った。

「もし可能だったら、俺の恋人を助けてほしい。こことは別の部屋に捕まっているはずだ」

「分かったわ。絶対にあなたの恋人を助ける」

「ありがとう。健闘を祈る」

 そう言って、男性は有栖に鍵を渡した。

 これでとりあえず、牢屋を出る事はできる。

 四人は男性に目配せして、その場を立ち去った。


 こうして、黒鬼の復活を阻止するために、有栖達は脱出を試みるのだった。

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