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第6話 生贄の間

 ゴミ捨て場から杖を回収した有栖は、章吾、和也、孝司と共に部屋を後にした。

 牢屋を通り抜け、丁字路に差し掛かる。

「確か、あの女の人は、丁字路を右に曲がった先の部屋にいたよね」

「罠が仕掛けられているから、気を付けて」

 四人が丁字路を右に曲がると、小さな部屋の中に三つ編みの女性が閉じ込められていた。

 この女性が、あの男性の恋人だろう。

 入り口には罠が仕掛けられているようなので、有栖が入り口の前に立ち、罠を調べた。

「あった……踏んだら炎が放たれる罠のようね」

「炎!? そんなの死ぬじゃないか!」

「だから、私が解除しないといけないのよ」

 有栖は慎重に、罠を解除していく。

 魔法を使いたいところだが、毬藻から無闇に使ってはいけないと言われたため、自力で罠の解除に挑戦した。

 集中している有栖を、固唾を呑んで見守る章吾、和也、孝司。

 もし失敗すれば、四人は火の海になってしまう。


―ガチャ

「やった!」

 小気味よい音と共に、有栖は罠の解除に成功した。

 四人は扉を開け、鍵を使って牢屋の中に入る。

 先ほどまで四人がいた場所に似た牢屋だが、この部屋には訳が分からない絵が一面に描かれている。

 天井の中央には、「鬼の刻印」が刻まれているが、まだ有栖達には分からなかった。

「あ……」

 女性は鎖に繋がれていた。

 まだ衰弱していないので捕らえられてすぐだろう。

 有栖は罠を解除したように、女性の鎖を解いた。

「ありがとうございます。これはほんのお礼です」

 女性は有栖にお礼を言うと、「縛」と書かれた呪符を一枚渡した。

 有栖は鬼祓いの秘技で使うものと瞬時に理解した。

 一般人が何故これを持っているのかは、有栖達には全く分からなかったが、恐らく鬼に倒された者から取ったのだろう。

「そういえば、彼はどこにいますか?」

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 そう言って、有栖は女性の手を引き、章吾、和也、孝司と共に牢屋を後にした。

 四人が再び丁字路に差し掛かると、見張りの鬼が三匹、うろついている。

 幸い、まだ三匹とも、有栖達には気付いていないようだ。

(無闇に攻撃魔法を使うとバレるわね。だから、こうすればいいんじゃないかしら)

 有栖は細かい砂を取り出し、ふっと一息かけ、小声で呪文を詠唱し、手を動かした。

「カフアレフ・ターイ・ヌーンザンメ」

 有栖が唱えたのは、眠りの魔法、スリープ。

 無味無臭の白い霧が三匹の鬼を包み込むと、三匹の鬼は転がるように眠りについた。

 その隙に、四人と一人は音を立てずに、男性が捕らえられていた牢屋に辿り着く。

「あぁ、彰……無事だったのね」

 女性はすぐさま倒れている男性に駆け寄る。

「優子……お前こそ……怪我はなかったか?」

「大丈夫よ、あの子達が助けてくれたから」

 男性・彰と女性・優子が再会し、涙を流す。

 もし有栖達が助けてくれなかったら、二人は永遠に離ればなれになっていたのかと思うと、恐怖で震えそうになった。

 恋愛に敏感な和也と孝司はおいおいと涙を流し、有栖も胸に手を当ててほっと一安心する。

 ノーリアクションだったのは、章吾だけだった。

「章吾……やっぱり、あの子が……」

「何を言ってるんだ、有栖。何でもない」

 本当は、自分も感動している癖に、と思っていた有栖だったが、章吾を傷つけないために何も言わなかった。


「それじゃ、お幸せに」

「「はい!」」

 有栖は彰と優子に別れを告げる。

 この幸せを鬼に奪われたくない、という思いを抱きながら、自らも脱出を目指すのだった。


 こうして牢屋を出た後、四人はまだ行っていない場所に辿り着く。

「この先に……何かが待っているんだろうな」

「油断禁物よ」

 鬼は自分達を生贄に捧げようとしている。

 目玉だけになってしまった黒鬼を、完全な状態で復活させるために。

「章吾……」

 有栖は章吾に目配せする。

 章吾はかつて、母親を助けるために黒鬼の後継者になる事を決意した。

 だが、杉下先生の術にかかってしまい、危うく大翔達を殺すところだった。

 今は有栖の力で人間に戻り、後遺症もなく普通に暮らしている。

「俺なら大丈夫だ。もう、鬼には騙されねぇよ」

「うん」

 章吾の新たな決意を聞いた有栖は小さく頷いた。

 弟に必要以上の心配をかけたら、逆に負担になってしまうと思ったのだ。

「二人とも、とっても仲が良いんだな」

「双子というだけあるね」

 和也と孝司は二人の様子を見てそう言った。

 双子だけあって、根の部分はよく似ていた。

「大翔と競う事もあるけど、やっぱり、姉ちゃんには敵わないんだな」

「年上のきょうだいって、羨ましいな」

 大翔にもきょうだいはいるが、大翔より年下だ。

 しっかり導いてくれるきょうだいを、和也と孝司は羨ましがっていた。

 同時に、自分達の友情は、この双子には敵わないのではないかと思うようになってしまった。

「……いや、何でもない、孝司」

「……うん、そうだよね、和也」

「どうしたの? 早く行くわよ?」

「ああ、早く行こうぜ!」


「頼もーっ!」

 有栖が扉を開けると、そこは不気味な部屋だった。

 壁一面に塗りたくられた黒い模様は、まるで本物の鬼がいるかのようだった。

 床には複雑な紋様が、色とりどりの塗料で描かれている。

「な、何よこれ……!」

 恐らくは生贄を捧げるための陣だろう。

 有栖、章吾、和也、孝司は不快になり、特に女性の有栖は口を押さえてしまう。

「鬼め、生贄を逃しおったか。所詮は下級の鬼よ」

 四人が困惑していると、言葉を話す鬼が現れた。

 人間より大柄で筋肉質な体躯に、黄色い肌と、恐ろしい顔立ち。

 そして、額からは鬼の特徴たる角が生えていた。

「黄鬼《きき》……!」

 そう、色鬼の一人、黄鬼である。

 黒鬼に捧げる生贄が逃げてしまったため、黄鬼はどこか不快な表情だった。

「だが、貴様らを生贄に捧げれば、黒鬼様は復活なされる。まずは貴様からだ!」

 そう言って黄鬼は有栖に勢いよく突っ込んだ。

「……!」

 油断していたためか、有栖は黄鬼から逃げる事ができなかった。

 鬼に捕まった子供は、[編集済み]――その言葉通りの意味になろうとしていた時。


「「有栖!」」

「金谷さん!」

 章吾、和也、孝司が、身を挺して有栖を庇ってくれたのだ。

「みんな……!」

 三人、特に章吾の姿を見た有栖は、思わず涙がジワリと出そうになる。

「くそっ! 女の方が生贄に相応しいのに、何故貴様らが立って、前に出た!」

「簡単な事だ。有栖は俺の、大事な家族だからだ」

「友達を傷つけるつもりならば、たとえ鬼であっても負けないぜ!」

「金谷さん、今のうちに下がるんだ。ここは僕達が引き受けるから」

「ありがとう、みんな……!」

 有栖は急いで杖を持ちながら黄鬼から離れる。

 黄鬼はどこかから縄を取り出すと、章吾、和也、孝司を丁寧に縛った。

 大柄な体格に似合わず、手先が器用なようだ。

「しまった!」

「有栖! お前は逃げるんだ!」

 章吾は有栖にそう叫ぶが、有栖は首を横に振った。

「駄目よ! みんなで脱出するんだから!」

 子供を誰一人失いたくない。

 そんな有栖の思いを受け取った章吾達は、彼女が勝つ事を信じて、見守った。


「まあいい、女一人なら簡単に相手になる。こいつらは人質にしちまったからな。死んだら生贄にはならないからな、死なない程度に痛めつけるぜ!」

「それはこっちのセリフよ! 私達は、絶対に脱出するんだから!」

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