第7話 対決
有栖と黄鬼の一騎打ちが、始まった。
「うっ……!」
黄鬼の身体から悪臭が放たれる。
嗅いだら不調になってしまうため、有栖は急いで伏せて悪臭から逃れた。
「ふん、貴様の鼻も身体も、汚そうと思ったがな」
「そ、そうはいかないわよ……。ヘーアー・ウォウアリフ・ミームエイン!」
有栖は呪文を唱えて杖を持っていない手を振る。
すると、空中に光の矢が浮かび上がり、黄鬼目掛けて飛んでいった。
「そんな攻撃、当たるものかぐぼはぁっ!?」
光の矢は見事に黄鬼に命中した。
この魔法はマジック・ミサイルといい、魔法の矢が外れる事なく目標に当たる、基礎にして最も優秀な初級魔法だ。
「ありがとう、No.1。覚えていて正解だったわ」
毬藻は有栖に魔法を基礎から教えてもらった。
魔法で最も大事なのは基礎であり、それを疎かにしてはならない。
だから、有栖は真剣に、黄鬼に向かい合っているのだ。
「ふん……小娘だと侮った俺が愚かだったよ。真っ先に叩き潰してやる! うおおおおおおおおお!!」
黄鬼は大きく咆哮し、自らの士気を上げた。
そして、有栖に一気に突っ込み、体当たりする。
「きゃあっ!」
「「「有栖!」」」
体当たりをまともに食らった有栖は壁に激突する。
有栖は思わず、杖を落としてしまった。
黄鬼はそれを見逃さず、杖を奪おうとする。
「その杖、もらった」
「させ……ないわよ」
有栖はふらつきながらも立ち上がり、何とか走って黄鬼から杖を守る。
この杖は、誰かの落とし物だからだ。
「悪いけど、この杖はあなたみたいな奴に渡すわけにはいかないわ」
「なら、これはどうかな!」
黄鬼が指を鳴らすと、突然、章吾達の周りに炎が現れた。
「あちちっ」
和也が熱さを感じてしまう。
これはゲームに出るものではない、本物の炎だ。
「みんな大丈夫!?」
いきなり現れた炎に、有栖は驚く。
同時に、三人の命が危機に瀕している事も感じた。
有栖は魔法で火を消そうとしていたが、ある事に気づいて詠唱をやめた。
(あ、私、水の魔法を準備してないんだった……)
こんな事を想定していなかったのか、水の魔法を準備していなかった事に気づく。
「早くしないと、お前の友達が灰になるぜ?」
有栖は両手でぐっと杖を握り締める。
炎は章吾達にどんどん近付いて行き、彼らの命を燃やそうとしていた。
だが、有栖は逆にチャンスだと思った。
この炎で、章吾達を縛っている縄が燃えるかもしれないからだ。
そう思った有栖だったが、黄鬼は話を続けた。
「おっと、時間切れで勝とうだなんて甘いぜ。こいつらを縛ってるロープは耐熱性だ、ちょっとやそっとじゃ燃えないぜ」
「そんな……!」
耐熱性という事は、燃えるのは章吾達だけだ。
有栖は作戦が通用せず、唇を噛み締める。
だがそれでも、有栖は決して諦めなかった。
もし諦めてしまえば、和也も、孝司も、そして双子の弟・章吾も助からないからだ。
「確か、この杖に入力された魔法は……」
有栖はこの状況を打開するために、杖を使って魔法を発動しようとした。
まず考えられるのは、強力な攻撃魔法を使う事だ。
「あった! ファイアーボール!」
有栖は強力な攻撃魔法、ファイアーボールで黄鬼に大ダメージを与えようとしていた。
火炎による焼けつく爆発は、黄鬼には非常に効果的だろう。
「ミームアリフ・ヘーアー・ラー……」
「待て、有栖!」
呪文を詠唱しようとした有栖を、章吾が止める。
「ちょ、どうして!?」
「洞窟の中でそんな強力な魔法を使ったら、俺達を巻き込むぞ!」
「こいつの言う通りだな。煙が充満するぞ」
「うぅ……」
ファイアーボールは確かに強力な魔法だが、爆発が起きた後に煙が充満し、呼吸困難になる。
有栖はそれを考慮していなかったため、さらに唇を噛み締めた。
―でも、魔法は決して万能じゃない。
毬藻の言う通り、魔法は何でもできる万能な力ではなく、それなりの代償が必要なのだ。
「来ないならこっちから行くぜ」
そう言って黄鬼は有栖を掴むと、杖ごと彼女を投げ飛ばした。
杖を守っていたため何とか杖は壊れなかったが、地面に叩きつけられた彼女の身体が傷つく。
「は、はぁ、はぁ……。私は、負けない……」
しかし、有栖は傷つきながらも、凛々しい表情で黄鬼を睨みつけた。
絶対に鬼に負けない、という闘志が、有栖を奮い立たせているからだ。
(こいつ……ボロボロなのにまだ立ってやがる……。怯えねぇのかよ、怖がらねぇのかよ……)
鬼は子供、特に怖がる子供の肉が大好物だ。
しかし、目の前にいる少女は、ボロボロになりながらも全く恐怖を見せていなかった。
全ては友達と弟を助けるためだが、黄鬼はそれに全く気付いていなかった。
鬼に「絆」という概念は存在しないからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「お前、怖くないのかよ!? もうすぐでこいつらは死ぬんだぞ!? 死ぬのが怖くないのか!?」
黄鬼の言う通り、炎はさらに章吾達に迫っていた。
章吾達の体力も、熱でどんどん失われていく。
だが、それでも有栖は、首を横に振り、凛々しい表情を全く崩さなかった。
「どうして怖がらないのかって? みんなで一緒にここから出たいだけよ」
「ただそれだけで、怖がらないのか……?」
「当たり前よ! 私は……人間なんだから!!」
人間の絆は、時として鬼を上回る事がある。
一人一人の力は鬼に及ばないかもしれないが、皆で力を合わせれば、鬼に立ち向かえるのだ。
「それ!」
有栖は黄鬼に向かって「縛」の呪符を投げつける。
すると、呪符を通して枝が絡みつき、黄鬼を縛り付けた。
「ぐっ……!?」
枝が黄鬼に命中すると、黄鬼はその場で動きを止め、麻痺状態で立ち尽くす。
動く事ができず、口を利く事すらできなくなった。
有栖はその隙に呪文を詠唱し、章吾達に迫る炎を何とか消そうとした。
水の魔法の代わりに消火できる魔法といえば……。
「イェー・ラーイ・フェーイシーン」
火を眩しい光に変える魔法、パイロテクニクスだ。
有栖は呪文を唱えて火元に杖を振りかざす。
章吾達を囲んでいた炎が、色とりどりに輝いて爆発し、華々しく燃え上がった。
「うわっ!」
「これ、花火か!?」
「凄く派手だねぇ!」
章吾、和也、孝司が、激しく燃え上がった炎を見て目を見開く。
しかも、その炎は不思議と熱くなかった。
やがて光が消えると、章吾達を囲んでいた炎は跡形もなく消え去っていた。
同時に、黄鬼の麻痺状態も解除された。
「どう? 炎は消えたわよ。これで章吾達は無事」
「嘘だろ……俺が作った炎が……消えるなんて……」
自分の策が破られた事に、黄鬼はただ腰を抜かすしかなかった。
「後は縄を解くだけね」
そう言って有栖は、章吾達の傍に駆け寄り、章吾達を縛る縄を外そうとしていた。
黄鬼は「待て!」と有栖に向かって叫ぶ。
「何? まだやるつもり? もう章吾達は燃やせないわよ?」
「そうではない! お前に鬼の力をやる! そんな力なんていらないだろ!?」
有栖は黄鬼の言う事をスルーしながら、章吾達を縛る縄を外している。
数分後、章吾達を縛っていた縄は解け、三人は急いで有栖の後ろに回った。
「なぁ、人げ……」
「これが私の答えよ。ターウーク・ゼーアリフ・ラーイカフ」
そう言って有栖は呪文を唱え、毛皮とガラスの棒を取り出すと、それを媒体に指先から電撃を放った。
電撃が命中した黄鬼は、ばたりと倒れた。
その後、有栖達は生贄の間の隠し通路を探し出し、神殿からの脱出口を発見した。
「さあ、脱出よ!」
「ああ!」
「やっと、親に会える」
「ああ、楽しみだ!」
そう言って、有栖達は鬼の祠を脱出するのだった。