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第8話 脱出の時

 有栖は黄鬼を退け、祠からの脱出に成功した。

 鬼が棲んでいた祠から脱出した四人を待っていたのは、それぞれの母親だった。


「有栖、章吾、今何時だと思ってるの!」

「とっくに午後5時、過ぎてるわよ!」

「しかも、相当ボロボロじゃない。一体どこに行ってたの?」

 そう、あの祠の中で、かなりの時間が経っていた。

 おかげで門限を過ぎてしまい、母親にこっぴどく叱られてしまった。

「ごめんなさい」

 四人の子供は母親に素直に謝った。

 親に心配をかけてしまったので、謝るのは当然だ。

 どんなに意地を張っていても、子供は親に弱い事が証明された。


「鬼に、捕まった」

「やっぱりね。でもよく無事だったわね」

 和也も孝司も、自身が鬼に捕まった事は親には明かそうとしなかった。

 鬼がいる事を親に知られたくないからだったが、鬼になった章吾が母親に叱られた事を知った有栖は、母親に素直に事情を明かした。

 また叱られそうだと思った有栖だったが、母親は事情を知っているため、これ以上は言及しなかった。

「あら、有栖。その杖は何?」

「あっ……!」

 有栖と章吾の母親は、有栖が持っていた杖を見る。

 家を出た時は持っていなかったその杖を、母親はしげしげと見つめていた。

「この杖は、誰かがなくしたもの。だから、私はその人に返さなきゃいけない」

「そう、落とし物だったのね。じゃあ、ちゃんと落とし主に返さなきゃね」

 母親は微笑みを浮かべた後、杖を持って走る有栖を見守った。


「はい、これ……」

 有栖は杖を持って、毬藻のところに向かった。

 杖に刻まれていた名前が、毬藻だったからだ。

 有栖は毬藻の身体に思いっきりぶつかると、微笑みながら杖を毬藻に見せた。

「それ、ボクの杖じゃないか。返してくれ」

「はい」

 有栖は素直に、毬藻に杖を返した。

「よかった。黒鬼に取られたから、なくしたままだと思ったよ」

「No.1、そんなに大事なものなの?」

「ああ、これはスタッフ・オヴ・パワーと言ってね、攻防両方の力を持つ科学と魔法のハイブリッドさ」

 力のスタッフという名を意味する通り、この杖は非常に強力なアイテムだった。

 そんなものを毬藻が持っているとは、同時に黒鬼に目を付けられたとは、有栖は思っていなかったようだ。

「ボク、17歳の時に黒鬼と渡り合った事があってね。あの時はかなり強かったよ。ボクの杖を一度は奪っちゃったからね」

 つまり全盛期の黒鬼はそんなに強かったのか、と有栖はごくりと唾を飲んだ。

 有栖は毬藻から話を聞いた後、頷いてこう言った。


「……ところで、No.1は女だったのね」

「はは……やっぱりバレちゃったか」

「だって、ぶつかった時の感覚が、ちょっと柔らかかったんだもの」

 毬藻が女性である事を知った有栖だが、当の本人は涼しい表情を崩していなかった。

「じゃあ、No.1は、どうして自分の事を『ボク』って言ってるの?」

「科学に携わる女性はどうしても少ないからね。口調も服装も男を装わなければ、と思ったからさ」

「そ、そんな事はないわ! キュリー夫人を知らないの?」

「知ってるよ。だからこそ、ボクはこうやって振る舞ってるんだよね」

 男性に並ぶほど活躍する女性は、どうしても今の世の中ではジェンダーが云々と言われてしまう。

 そのため、毬藻は口調と服装を男性のようにし、ジェンダーの事を言われないようにしたという。

「まったく、世知辛い世の中だ。女性が活躍するだけであれこれ言うもんなぁ。これだから、普通の人間は……」

「普通の人間?」

「何でもないよ」

 毬藻が言った「普通の人間」という言葉に、有栖は少し引っかかった。

 だが、毬藻は涼しい顔でそう言ったため、有栖はこれ以上言及しなかった。

 首を傾げる有栖だったが、自分に魔法を教えた師匠という事で、有栖は「ありがとう」とお礼だけを言い、その場を立ち去っていった。


(やっぱり、キミを魔法使いに選んで正解だった。ボクは弟子を取ろうとしたけど、みんなボクみたいなチカラある者を怖がっていた。

 そりゃ、当たり前だよね。現代の日本に、鬼や鬼祓いの秘技、魔法や超能力があるわけないんだもの。みんな、普通に生活しているんだもの。

 けれど、有栖……キミだけはボクを信じてくれた。魔法は科学の道にあったものだと知っての上で、キミは魔法使いになる事を選んだ。

 だから、キミは魔法を使えるようになった。ありがとう……未来の大魔法使い。キミのおかげで、ボクも救われたよ)

 去っていく有栖の背中を見て、毬藻は心の中でそう呟くのだった。

 それが有栖に聞こえたかは、神のみぞ知る。


 その日の夕食は、母親が作ったグラタンだった。

 親に心配をかけてしまったため、有栖と章吾はしっかりと料理を食べた。

「美味しい」

「とっても美味しいわ!」

「そう、ありがとう、有栖、章吾」

 料理を美味しいと感じる温かい気持ちは、鬼や鬼の心を吹き飛ばしてくれる。

 「ことろことろ」も、親子の絆こそが大事であり、親は子供を鬼から守ってくれる大切な存在だ。

 「鬼」という災厄に親と子が協力して立ち向かい、祓い、乗り越えていく――それが、ことろことろの趣旨なのだ。

 善悪をあまり区別しない日本ならではと言える。

 これが外国だったならば、犯人捜しが行われ、人間が人間を罰する悲劇が起きただろう。


「お母さん……これからも、私と章吾を好きでいてくれる?」

「当たり前でしょ! 私がせっかく命懸けで産んだ双子の姉弟《きょうだい》なんだから、死んでほしくないわ。章吾が鬼になった時は、私……私……」

「母さん……本当にごめん」

 章吾は母親を救うために黒鬼になった。

 それを和也と孝司が母親に知らせた時は、母親は烈火の如く怒り、息子を黒鬼にした杉下先生に怒鳴ったらしい。

 章吾は懲りると同時に、親が大切な存在だと改めて知った。

 有栖も、家族を守りたい気持ちが大きくなり、こうして魔法使いになる事を選んだのだ。

 その事は母親には明かしていなかった。

 いくら正しい力と言っても、魔法は現代ではあり得ない力だからだ。

「だから、章吾。困った時は、友達やお姉ちゃんに相談しなさい。有栖も、目的のためにあまり焦らないでね」

「「……!」」

 有栖と章吾の気持ちは、母親にはお見通しだった。

 やはり、子供は親には弱いものである。

 母親の愛情を知った有栖と章吾は、母親に向かって笑みを浮かべながら言った。


「「母さん(お母さん)、ありがとう」」


 子供に心からのお礼を言われた母親は、嬉しさのあまり赤面し、涙を流しかけた。


 鬼は圧倒的な力で子供を追い詰めていく。

 たとえ魔法などのあり得ない力を使ったとしても、しっかり作戦を練らなければ鬼に勝てないだろう。

 何故なら、魔法は決して万能ではないのだから。


 しかし、鬼は親子などの絆に弱い。

 最後に鬼に勝つ事ができるのは人と人の絆なのだ。

 その絆を、有栖は改めて認識し、そして、大事にしていくのだった。

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